「雪女」の一節に見える、欧米文化的な発想による訳例をご覧ください。場面は、猛吹雪を避けて逃げ込んだ渡し船の船頭小屋で、雪女と出会った巳之吉が、その後ふと我に返るところ。
Minokichi closed the door, and secured it by fixing several billets of wood against it. He wondered if the wind had blown it open;
巳之吉は戸を閉めると、棒きれ五、六本をつっかえ棒にして、しっかりと戸が開かないようにしました。風が吹きつけて戸が開いたのだろうか、と巳之吉は思いました。
ここには欧米的な出入り口であるドアのイメージが見て取れます。蝶番で固定された内開きのドアです。ですから強風によってドアが開くことも考えられます。五、六本のつっかえ棒は、おそらくドアに対して直角に立てられたものでしょう。
しかし、日本家屋の出入り口は、下の藤田安正の挿絵にあるように、基本的に引き戸です。したがって、強風で戸が開くことは(外れることはあるかもしれませんが)ありません。つっかえ棒(心張り棒)も戸の横に、戸が横にスライドしないように置きます。
こんなところに、日本の古い奇譚を物語りながら、思わず欧米文化的な発想が紛れ込んでしまった例を見て取ることができるのではないでしょうか。日本の古き物語を英語で語り直したものを、再び日本語に訳す作業の難しいところであり、楽しいところでもあります。
なお「怪談」には、この藤田安正の挿絵も多数収録予定です。まだまだ翻訳は作業半ばですが、楽しみにお待ち下さい!
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《望林堂完訳文庫》