2016年5月6日金曜日

「宇宙戦争」の円筒は砲弾

「宇宙戦争」は、いきなり空から円筒(cylinder)が降ってくるところから、事件が大きく動き始めます。面白いのはこの円筒が、火星から大砲によって打ち上げられた砲弾のように描かれている点でしょう。

1898年当時、一番物を遠くまで飛ばすことができたのは大砲でした。産業革命を経て、大砲の射程距離や命中精度が大きく伸びた時期で、直後の第一次大戦では攻撃の主流となります。

この「3インチオードナンス砲が1km以上先の納屋の窓を狙えた」という当時最新鋭の大砲の性能を、火星人はさらにさらに発展させて、火星から地球の目的地(イギリスのロンドン郊外)をピンポイントで狙って、巨大な大砲で円筒を打ち込んだということなのです。現在使われているロケット(自前で推進力を持っている)ではありません。 



実際、ジュール・ベルヌの「月世界旅行」(第一部1865年、第二部1870年)では、人間の入った砲弾を月へ撃ち込みます。これを元にフランスのジョルジュ・メリエスが脚本・監督したモノクロ・サイレント映画「月世界旅行」(1902)でも、砲弾が描かれています(下図)。

当時の、惑星間飛行のイメージがうかがい知れて面白いですね。


もっとも、すべては19世紀末の一市民(新聞にも寄稿している哲学関連の著述家)である主人公「私」個人による、当時の一般的なイメージに基づいた解釈や憶測に過ぎないと考えれば、実は円筒には何かの推進力が備わっていたのかもしれませんし、大砲とはまったく違ったシステムで円筒が地球へと届けられたのかもしれません。

同じことが、火星人たちの機械にも言えるでしょう。まるで蒸気機関を思わせる描写がありますが、それをH.G.ウェルズのイマジネーションや19世紀末という時代的背景の限界だと見るのではなく、作中の主人公が無意識に、火星人の技術は蒸気機関の延長線上にあるという固定観念で見ていただけ、あるいは既存の知識になぞらえて描写していただけかもしれないのです。

つまり「宇宙戦争」の火星人の描写に多少陳腐さが感じられたとしても、それは作品としての古さではなく、当時の一般人の目を通して語られているからであって、実は火星人は、主人公の印象や考察とはまったく違った技術を駆使していたのかもしれません。

むしろ主人公(あるいは弟)が精一杯分析・考察しながらも、その想像を越えた不気味さをしっかり残しているバランスの妙こそが、H.G.ウェルズの真骨頂でしょう。

ちなみにH.G.ウェルズは、3年後に発表した「月世界最初の人間」(1901)で、〝カヴァライト(cavorite)〟という「反重力物質/重力遮断物質」の力で〝球体〟と呼ばれる宇宙船を動かして月へと向かいます。

ならば、火星人たちも何か特殊な移動手段を持っていたに違いありません。そう考えてみると、いろいろと想像が膨らみますね。

翻訳作業は終盤に差し掛かっております。今しばらくお待ちくださいませ。

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