2016年5月29日日曜日

「宇宙戦争」完成までの道のり

H.G. ウェルズが「宇宙戦争」を発表したのは、19世紀末の1889年ですが、これは初めて単行本化された年のことです。執筆自体は1885年に開始され、その後雑誌連載を経て、単行本化されたのです。

執筆の直接的な引き金になったのは、散歩している時に一緒にいた兄のフランクが何気なく口にした宇宙から生物が飛来する話だったそうです。ただ、本文中にも出てきますが、前年の1894年に、科学紙『ネイチャー』に「火星に怪光」という記事が載り、そのことがすでにウエルズの想像力を大いに掻き立てていたようです。

  
しかし実際に始めてみると執筆は思うように進まず、二度の中断をはさんで1897年まで続きます。その間に、あとから書き始めた「透明人間」の方が、先に世に出てしまったほどでした。

1897年、「宇宙戦争」は初めて世に出ます。4月からイギリスとアメリカで雑誌連載が開始されたのです。そしてその年の12月に見事完結し、翌1897年に単行本化されます。執筆開始から2年以上が経っていました。

この単行本化に際し、雑誌連載内容に大幅な加筆が行われて全22章から大幅にボリュームアップし、第一部17章、第二部9章の、全26章になりました。この時にはまだ最終章「エピローグ」がありませんでした。

その後最終章が加わり全27章となり、1924年に著作集(通称アトランティック版)が刊行されますが、この際に細かな改定がなされ、これが決定版として今に至っています。

つまり「宇宙戦争」は、執筆開始から納得の行く完成を見るまで、何と39年もかかっているのです。作品が放つ異様なパワーは、そんなウェルズの執念のあらわれかもしれませんね。


さて次に刊行予定の「宇宙戦争」の翻訳第1稿が完成です。
100点を越える挿絵も、図版データ化が終わりました。

6月中の刊行を目指してがんばりますので、今しばらくお待ちください。


2016年5月6日金曜日

「宇宙戦争」の円筒は砲弾

「宇宙戦争」は、いきなり空から円筒(cylinder)が降ってくるところから、事件が大きく動き始めます。面白いのはこの円筒が、火星から大砲によって打ち上げられた砲弾のように描かれている点でしょう。

1898年当時、一番物を遠くまで飛ばすことができたのは大砲でした。産業革命を経て、大砲の射程距離や命中精度が大きく伸びた時期で、直後の第一次大戦では攻撃の主流となります。

この「3インチオードナンス砲が1km以上先の納屋の窓を狙えた」という当時最新鋭の大砲の性能を、火星人はさらにさらに発展させて、火星から地球の目的地(イギリスのロンドン郊外)をピンポイントで狙って、巨大な大砲で円筒を打ち込んだということなのです。現在使われているロケット(自前で推進力を持っている)ではありません。 



実際、ジュール・ベルヌの「月世界旅行」(第一部1865年、第二部1870年)では、人間の入った砲弾を月へ撃ち込みます。これを元にフランスのジョルジュ・メリエスが脚本・監督したモノクロ・サイレント映画「月世界旅行」(1902)でも、砲弾が描かれています(下図)。

当時の、惑星間飛行のイメージがうかがい知れて面白いですね。


もっとも、すべては19世紀末の一市民(新聞にも寄稿している哲学関連の著述家)である主人公「私」個人による、当時の一般的なイメージに基づいた解釈や憶測に過ぎないと考えれば、実は円筒には何かの推進力が備わっていたのかもしれませんし、大砲とはまったく違ったシステムで円筒が地球へと届けられたのかもしれません。

同じことが、火星人たちの機械にも言えるでしょう。まるで蒸気機関を思わせる描写がありますが、それをH.G.ウェルズのイマジネーションや19世紀末という時代的背景の限界だと見るのではなく、作中の主人公が無意識に、火星人の技術は蒸気機関の延長線上にあるという固定観念で見ていただけ、あるいは既存の知識になぞらえて描写していただけかもしれないのです。

つまり「宇宙戦争」の火星人の描写に多少陳腐さが感じられたとしても、それは作品としての古さではなく、当時の一般人の目を通して語られているからであって、実は火星人は、主人公の印象や考察とはまったく違った技術を駆使していたのかもしれません。

むしろ主人公(あるいは弟)が精一杯分析・考察しながらも、その想像を越えた不気味さをしっかり残しているバランスの妙こそが、H.G.ウェルズの真骨頂でしょう。

ちなみにH.G.ウェルズは、3年後に発表した「月世界最初の人間」(1901)で、〝カヴァライト(cavorite)〟という「反重力物質/重力遮断物質」の力で〝球体〟と呼ばれる宇宙船を動かして月へと向かいます。

ならば、火星人たちも何か特殊な移動手段を持っていたに違いありません。そう考えてみると、いろいろと想像が膨らみますね。

翻訳作業は終盤に差し掛かっております。今しばらくお待ちくださいませ。

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2016年3月11日金曜日

「宇宙戦争」の頃のイギリス軍

「宇宙戦争(The War of the Worlds)」が発表されたのは19世紀末の1898年です。オリジナルタイトルが意味するように、地球人が作り上げた世界と火星人が作り上げた世界が衝突し、地球人が圧倒され逃げ惑う姿がリアルに描かれているわけですが、では、当時の地球人側の軍備とはどのようなものだったのでしょうか?

ライト兄弟による世界初の本格的有人飛行が行われたのが1903年のこと。軍用機が登場するのは第一次世界大戦(1914〜1918)からですので、1898年時点では飛行機はありませんし、当然ながら空軍はありません。従って飛行機による偵察や攻撃はまだできません。

それはまた、この時代には空からの脅威に怯えるということもなかったと言うことです。次々と空から敵の円筒(シリンダー)が降ってくるという恐怖は、私たちの想像以上に大きかったことでしょう。

物語中にも登場しますが、当時の陸軍の主要火器は大砲です。例えば1894年から王立騎馬砲兵隊への配備が開始されたオードナンス12ポンド砲は、砲身重量305kg、全長108,5cm、最大射程3700ヤード(3383m)でした。移動が大変だったので、騎兵が馬で牽引する騎馬砲兵隊が編成されました。


オードナンス12ポンド砲

さらに本文中でも名前が出てくるマクシム砲(マキシム機関銃)が配備されたのもこの頃です。これは1884年に作られた世界初の全自動式機関銃で、重量27kg、全長107,9cm(銃身長67,3cm)、毎分500発の射撃が可能でした。

マクシム砲

イギリス海軍は、当時世界最大の艦隊戦力を持っていた時期です。1895年に就航したマジェスティック級艦などの装甲艦が配備されていましたが、「宇宙戦争」では主戦場が内陸地なので、唯一交戦するのは衝角艦“サンダーチャイルド”です。これは衝角(しょうかく:体当たり攻撃用の固定武装)を艦首に装備した小型高速の艦艇です。

このように当時のイギリス軍は軍事力的には世界のトップだったのです。だからこそそれは“世界対世界”の戦いだと言えたわけです。そのイギリス軍が負けることは人類が負けること、という説得力があったわけですね。

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2016年2月22日月曜日

次回配本は「宇宙戦争」

《望林堂完訳文庫》第17弾は、H.G.ウェルズの傑作SF「宇宙戦争」です。

火星人とのファーストコンタクトの緊迫感や、不気味な生態、その圧倒的かつ無慈悲な破壊、そして逃げ惑い本性をさらけ出す人間たちの様子が、簡潔で冷めた描写によって描かれます。1898年の小説ですが、いまだに色あせない傑作です。
   
挿絵は初出時のWarwick Goble氏のものではなく、1906年ベルギー版(フランス語)のHenrique Alvim Corréa氏のファンタスティックで不気味なものを多数使用する予定です。
   

2016年2月16日火曜日

KoboとBOOK☆WALKERでも販売開始です!

《望林堂完訳文庫》最新刊「ジキル博士とハイド氏」が、KoboBOOK☆WALKERでも販売開始となりました。

  

表示価格がKobo 200円、BOOK☆WALKER 185円となっていますが、BOOK☆WALKERは税抜き価格ですので、税込みですとKindleストアを含めてすべて同額の200円となります。
  

2016年2月13日土曜日

「ジキル博士とハイド氏」Kindleストアで販売開始!

審査を通って本日めでたく、《望林堂完訳文庫》第16弾「ジキル博士とハイド氏」が、Kindleストアにて販売開始となりました。


実際に販売データを購入&ダウンロードし、iPhoneやAndroid用kindleアプリでもきちんと縦書き&ルビ付き表示がされることを確認しましたので、ぜひお楽しみください。

当然児童文学として書かれた作品ではりませんが、“少年少女世界の文学”に入れられることの多い作品です。比較的噛み砕いた表現による訳となっていますので、サンプルでご確認いただいて、ぜひ多くの方々にお読みいただけると嬉しいです。

Charles Raymond Macauley氏による、ちょっと現実離れしたようなモノクロ挿し絵を、19点使用しております。こちらもお楽しみください。

なお、KoboとBOOK☆WALKERも現在出版申請中です。近々販売開始となる予定ですので、もうしばらくお待ちください。


2016年2月10日水曜日

「ジキル博士とハイド氏」出版間近!

本日Kindleに出版申請いたしました。
審査を経ての出版となりますので、
今しばらくお待ちください。



 


2016年1月24日日曜日

「ジキル博士とハイド氏」の二つの文体

「ジキル博士とハイド氏」(1886年)は、それほど長い小説ではありませんが、その構成が少し変わっています。

前半部分は弁護士アターソンを中心とした、三人称形式による物語です。怪しげな霧の都ロンドンを舞台に、謎の人物ハイド氏、アターソンの散歩仲間のエンフィールド、友人のラニョン医師やジキル博士などが登場します。

そしてまわりで奇妙な事件が続き、アターソンは次第に不気味な事件に引き込まれてゆくのです。

そして中盤過ぎからいよいよ謎解きが始まりますが、それはラニョン医師の手紙とジキル博士の手記という、二人称形式の独白文となるのです。どちらもアターソンに宛てた個人的なものです。

そこで今回、邦訳文も前半と後半で変えることにしました。事件を物語る前半部分の地の文は「です・ます調」で進みます。でも後半の手紙部分は「だ・である調」になります。

手紙や手記は古くからの友人に宛てたものなので、「です・ます調」のあらたまった感じが合わないと思ったからです。さらにそこで明かされる異様な真実の描写や説明も、論文的とも言える「だ・である調」の冷静な文体が合っていると考えました。
こうして文体が変わることで、一気にその暗く怪しい真相に引き込まれていただけると嬉しいです。
  
ちなみにこうした文体の混交は、すでに「吸血鬼カーミラ」で試みています。基本的にはある女性の告白/体験記なので「です・ます調」ですが、その中で語られる将軍(男性)の告白は「だ・である調」です。
  
翻訳は現在、まさにその暗く怪しい真相が丁寧に描写されるクライマックス部分に差し掛かっています。抽象的な表現が多くなり一文&一段落の分量が増えて訳すのに時間がかかるようになり翻訳ペースが落ちていますが、少しでもわかりやすい訳になるようにと格闘中です。


完成まで今しばらくかかりそうですが、楽しみにお待ちくださいませ。


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